潮待ち風待ちの港

 鞆の浦は、福山市と尾道市の境目、沼隅半島の南西端にあります。ここは瀬戸内海のほぼ中央のため、潮の境目となっていて、昔から潮待ちや風待ちの港として栄えてきました。万葉集には大伴旅人が旅の途中でこの地を詠んだ歌など数首が残されています。

 平安時代初期には静観寺や医王寺ができ、沼名前神社も平安時代の法令である延喜式に記載されています。現在でも多くの社寺が残り、当時の様子を伝えています。戦国時代になると毛利氏によって城が築かれ備後の拠点になり、織田信長に追われた足利義昭が再起を図った場所でもあります。江戸時代になると港はより栄え、人口は5,000〜7,000人ある福山藩最大の商都となりました。とびしま海道の御手洗とともに、朝鮮通信使の寄港地にもなりました。しかし、近世になると航海技術の発達により寄港する船が少なくなり、半島の先端という陸上輸送上の不便さも加わって、徐々に港は寂れていきました。

 昭和初期になると発展の中心は尾道に移り、時代の波に取り残されてしまいます。近代になっても発展から取り残されたことで、町や海岸線は江戸時代の様子をほぼそのまま残しています。1925年には名勝、鞆公園の指定を受け、1931年には日本で最初の国立公園に認定されました。

鞆の浦へのアクセス

車で

 岡山方面からは山陽自動車道福山東ICから約15km、広島方面からは山陽自動車道福山東ICから約21kmです。しまなみ海道からは西瀬戸尾道ICから約23kmです。エリア内に数ヶ所駐車場があります。

広島空港・福山駅から

 空港リムジンバスで福山駅まで行きます。福山駅前から鞆鉄道の鞆港行きバスに乗りかえ、終点で下車します。鞆港行きバスは日中15~20分間隔で運行されています。

江戸の光景を残す港

 鞆の浦の見どころは何と言っても鞆港です。シンボルである常夜灯は安政六年(1859年)に作られたもので、現存している常夜灯で日本一の高さを誇ります。南側には金毘羅大権現、北側には当所祇園宮と海上交通の神名が刻まれ航海の安全が願われています。

 常夜灯の周りには広大な雁木、湾の南西には焚場、南東にある大可島近くには波止場と船番所があり、江戸時代には港湾施設がすべて備わっていた港で、今も当時を偲ばせる風景が残っています。




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2015年5月取材:Top > しまひと特集 > 鞆の浦特集


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